第1章:「五行の金に対する違和感の正体」

五行とは、天地万物の循環を示す理であり、自然の摂理そのものである。
しかし、その中で「金」だけが異質に感じられないだろうか?

「木は生え、火は燃え、土は大地そのもの、水は生命の源……では金とは何か?」
そもそも「金」は本当に自然界の一部なのか?

この違和感の正体を突き詰めると、以下の疑問が浮かび上がる。

五行の他の要素(木・火・土・水)は、いずれも自然にそのままの形で存在している。
しかし、「金」はどうだろう? それは人工的に精錬されたものではないか?

そこで、一つの視点が浮かび上がる——

「金ではなく、鉱ではないのか?」

「鉱」に置き換えれば、五行の理はより明確に成り立つ。

また、「金→水」の流れを考えたとき、金属から水を生むのは不自然だが、 鉱物は地中で水をろ過する役割を持つため、五行の循環と矛盾しない。

結論:

「五行の金は、鉱へと進化する。」

金属は人が加工したもの、しかし鉱物は地球の本来の姿。
そして、エネルギーの流れを生み出し、五行をより自然な形へと導くもの。

これが、「木火土鉱水」の新たな五行の形である。

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