終章:「提唱者の視点と個人的考察」

なぜ私は「鉱」を提唱するのか?

「五行の金」は、従来の解釈では金属を意味する。しかし、私はこの概念に違和感を抱いていた。
それは、私自身の五行属性と照らし合わせたとき、さらに強く感じるようになったからである。

私自身の五行属性:「金の陰」「庚辰」と鉱の関係

私の命式には「金の陰」が存在し、日柱には「庚辰」がある。
一般的な解釈では、庚は剛健な金属を示し、辰は土の気を持つが……。

ここで改めて考えてみる——

「庚が指すのは、本当に鍛えられた金属なのか? それとも、地中で育まれる鉱物ではないのか?」

金属とは、鉱物から精錬されることで生まれる。
しかし、五行は自然の流れを示すものであるならば、「加工される前の状態」こそが本質ではないか?

「庚=鉱」と解釈すると、以下のことが明確になる。

提唱者自身が五行の「鉱」として生きる意味

私は「木火土鉱水」の提唱者でありながら、自らが「鉱」のエネルギーを持つ者として生まれた。
それは単なる偶然ではなく、「鉱の概念が五行に適合する」という証左ではないだろうか。

そして、これこそが私の結論である。

「金は鋳造され、鉱は眠る。しかし、鉱はエネルギーを蓄え、未来を創る。」

つまり、五行は「鉱」によって新たな進化を遂げるのである。

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